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アスラボ 代表取締役兼COO 五十嵐雅彦氏
スポーツ界に新たな風 FCふじざくらから始まるアスリートのキャリアデザイン革命

瀬川泰祐
2019/05/27

市場の常識を変えるような華々しいプロダクトやサービスが日々メディアに取り上げられる今日。その裏には、無数の挑戦や試行錯誤があったはずです。「イノベーター列伝」では、既存市場の競争軸を変える挑戦、新しい習慣を根付かせるような試み、新たなカテゴリの創出に取り組む「イノベーター」のストーリーに迫ります。今回話を伺ったのは、山梨県河口湖町を拠点に活動を開始した女子サッカークラブ「FCふじざくら」のGM補佐を務める五十嵐雅彦氏。スポーツを通じて地域課題を解決する事案として注目されていますが、その根底にある「アスリートの活躍する場を提供し、その社会的価値を高めたい」という同氏の真意について聞きました。


高校時代にスポーツビジネスへの進路を決断

スポーツって喜怒哀楽がはっきり見えるんですよね。わたしは高校まで野球をやっていたのですが、感情にあふれるスポーツに魅力を感じて、高校生のころには将来はスポーツビジネスの仕事に就こうと決めていました。

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大学では、スポーツ界での活躍に必要な能力を身に付けるために、経営学を学びました。卒業後、最初に入社したのは、店頭プロモーションを領域とする広告会社です。当時は、ペットボトルキャップのフィギュアが大流行しており、わたしも一人の消費者として、たくさんのペットボトル飲料を買っていました。その購入マインドを調べていくうちに、フィギュアがその商品を好きになるためのフックになっていることに気づきました。

モノやサービスを販売するうえで、プロモーションはとても重要です。そこで、どうやったらモノやサービスをより多く販売できるのかを学びました。その一方で、そうしたノウハウがどうしたらスポーツ界での仕事に活かせるのかも常に考えていました。

5年ほど経ったころ、グループ会社の方から「いっしょにスポーツ事業をやらないか」と声をかけていただきました。プロモーションの経験を土台にしてさらに新しいことにチャレンジしたいと考えていたので、迷いはありませんでした。わたしのスポーツ界とのかかわりは、ここから始まりました。

トップアスリートとの出会い、そして新会社設立へ

転籍した会社では、海外から持ち込んだスポーツコンテンツを国内で広めるための活動をしたり、スポーツコンテンツの協賛企業の活動を支援したりする業務に従事しました。

あるとき、学生時代の先輩から「最近、おもしろいアスリートがうちの会社にインターンで来たんだよ」と紹介されたのが、現在、わたしとともにアスラボで代表取締役を務める星翔太でした。彼はフットサル日本代表でキャプテンを務めるなど、アスリートとしての輝かしい経歴を持ちながらも、怪我の影響もあり、30歳のときに「いまのうちに社会に出て学びたい」と、現役選手でありながらインターンで先輩の会社に来ていたのです。

多くのアスリートはトップ選手としてのプライドを持っており、引退後は良くも悪くもそのプライドを持ったまま社会へ出ていきます。しかし、そのプライドが足かせになってしまうことも多いのが実情です。ですが、彼の場合はアスリートとしてのプライドは持ち込まず、一から吸収しようと謙虚に仕事に取り組んでいました。

実際に話してみると、星はアスリートの持つ力をもっと社会に活かしていきたいと願っており、わたしの思いと共通する部分が多いことがわかりました。わたしは、アスリートはもっと自由に経済活動をするべきだと考えています。特に、いわゆるマイナー競技と言われるスポーツの選手は、働きながら競技を続けているケースが多いのですが、仕事選びに関しては「しっかり向き合っていないのかな」という印象を受けることも少なくありません。みずからの価値を活かしきれていないうえに、引退後のキャリア形成にもつながっていない選手が多いのです。

その理由として、単純に競技と仕事を完全に切り離しているように見えたからです。わたしたちは、アスリートの本来の価値を社会に伝えていくためには、競技で学んだノウハウやスキル、マインドを世の中に提供することがシンプルな構造だと考えました。例えば、サッカー選手であれば、ドリブルやパス、シュートのしかたを教えるサービスを社会に提供し、正当な対価を得るべきです。そうすることによって、アスリートの価値が世の中にしっかり認識されます。また、アスリートにとっても、自分の競技ノウハウを活かすほうが、社会に出ていきやすいはずです。

このようにアスリートが持っている価値を活かし、アスリートが活躍する場をもっと増やせるようなサービスを、現役アスリートであり、アスリートの社会的価値を変えたいと考えている星翔太とともに作ることに意味があると思い、アスリートによるレッスン事業をいっしょに立ち上げることにしました。開始から1年2カ月ほど経ちましたが、すでに約80人のアスリートといっしょに、月間100~120くらいのレッスンを提供しています。

スポーツを通じて社会課題を解決へ

2018年11月には、山梨県を拠点に不動産事業やレジャー事業を展開する富士観光開発といっしょにプロジェクトを立ち上げました。山梨県河口湖町に「FCふじざくら」という女子サッカーチームを設立したのです。

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富士観光開発は、宿泊施設や温泉施設などたくさんのレジャー施設を展開しているほか、富士山の麓に「フジビレッジ」というサッカー施設を保有しています。それらの資産を活用しながら山梨のスポーツ界を盛り上げていこうという話が以前から持ち上がっており、「フジビレッジを女子サッカーの聖地にしよう」を合言葉に、2016年にU-12の女子サッカー全国大会をスタートさせました。

大会の運営中、サッカー関係者や保護者の方から意見を収集しました。その中で特に多かったのは、「うちの子どもにサッカーを続けさせるべきかどうか迷っている」「山梨には女子サッカーチームがないので、サッカーを続けるなら関東に出なくてはならない」といった声でした。

女子サッカー界は、スポンサー企業で働いて生計を立てながら競技をしている選手が多くいます。富士北麓エリアを中心に事業展開する富士観光開発は、60年の歴史があり、これからを担う新しい人材を積極的に獲得したいという意向を持っていました。そこで、選手に働く環境を提供しながら、自分たちの持っているインフラを活用して女子サッカークラブを作れば、会社や地域の課題解決になり、スポーツ界の新たな取り組みにもなるだろうと考え、FCふじざくらの立ち上げに至りました。

破壊から始めた「プレイングワーカー制度」の導入

アスリートが引退後に社会で輝くことができないという問題が話題になることがありますが、それは現役時代の過ごし方に原因があると思っています。現役のうちから社会に触れ、社会人としての素養を学ぶことができていれば、セカンドキャリアへの不安は多少解消されると思うのですが、残念ながらいまの日本のスポーツ界はあまり整備が進んでいないと感じています。

そこで、FCふじざくらでは「プレイングワーカー」というコンセプトを掲げました。このことばには、“競技者としても社会人としても一流になろう”という意味が込められています。具体的には、選手たちには、平日週4日、日中に8時間ほど社会人として仕事をしてもらい、その後、選手として3時間ほど競技活動をする環境を提供し、仕事と選手としての活動の両方を評価しようというものです。

この制度の導入にあたり、富士観光開発の社内に定着している人事制度にどのように取り込むべきかという議論が起こりました。しかし、世の中にない新しいクラブを作り、新しいことを始めようとしていたので、既存の枠組みに当てはめようとすれば、ひずみが生じてしまうという懸念がありました。そこで、富士観光開発の役員や総務人事部と何度も議論を重ね、社会人としての活動だけでなく、競技者としての活動も仕事として評価する新しい制度を作り上げることになったのです。

当初は、「好きなことをしているんだから、サッカーをしている時間は仕事とは言えない」といった意見もありましたが、富士観光開発の社員という看板を背負って活動している以上、選手たちは広報ウーマンでもあるわけです。会社の宣伝をしながら競技をしているので、仕事としてみなすべきです。そのためには、サッカークラブを持つ会社、サッカー選手を雇う会社としての基準を持つ必要があります。3~4カ月ほどかかりましたが、多くの方の理解と賛同を得て、プレイングワーカー制度を導入することができました。

FCふじざくらの現在地、そして未来

現在は、チームの始動に向けて着々と準備を進めている段階です。監督には、日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)1部ノジマステラ神奈川相模原で昨シーズンまで指揮をとっていた菅野将晃氏が就任しました。これだけの実績を持つ指導者が、山梨県2部リーグのチームに加入することは異例中の異例だと思います。また、選手のセレクションも行い、なでしこリーグ経験者や大学生、社会人などFCふじざくらにふさわしいメンバーが加入してくれました。集まってくれた選手たちもプレイングワーカーのコンセプトに賛同しており、自分のキャリアをデザインしていける方が多いと感じています。

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今後は、プレイングワーカー制度のコンセプトをさらに日常化させていくつもりです。例えば、クラブの中に「アスリートキャリアデザイン」というチームを発足させる予定です。富士観光開発の総務人事部にも加わってもらい、選手とワン・オン・ワンで話をしたり、仕事の相談に乗ったりするような体制を作ります。

もし日本のスポーツ界にこのようなキャリアデザインをサポートする組織があったら、アスリートのセカンドキャリアの問題はもっと減るのではないでしょうか。FCふじざくらの取り組みがモデルになりスポーツ界全体に広がっていけば、選手たちも引退後のキャリアをサポートしてくれるチームを選びたいと思うようになると思います。

いまはまだプレイングワーカーということばも考え方も浸透していないので、アスリートに説明してもなかなか理解されないこともあります。しかし、だからこそ自分たちの存在意義があるのだと思ってます。FCふじざくらの取り組みを通じて、プレイングワーカーという考え方を世の中に発信していけたらいいですね。

■会社概要:株式会社アスラボ
本社所在地:東京都渋谷区
事業開始日:2017年(平成29年)7月
代表者:代表取締役 星翔太、五十嵐雅彦
資本金:200万円
売上高:4,000万円(2019年3月現在)
従業員:4名(2019年3月現在)
事業概要:Webサービス「アスラボ」の開発・運営、アスリートのデュアルキャリア・セカンドキャリアサポート、企業や団体・協会・地域のコンサルティング・マーケティング支援・プロモーション・PR支援等

■プロフィール:五十嵐雅彦(イガラシ・マサヒコ)
株式会社アスラボ代表取締役
2009年4月に株式会社ワイズインテグレーションに入社し、プロモーション事業を学ぶ。その後、グループ会社の株式会社サニーサイドアップへ転籍し、アスリートのマネジメント、スポーツコンテンツの開発・運営等に携わる。2017年7月に株式会社アスラボを立上げ、2017年10月にアスラボサービスの運用を開始。現在はアスラボサービスを展開しながら、様々な企業のスポーツ支援活動を実施。

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