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働き方改革の功罪 ~2019年「働きがいのある会社」調査分析~

時間外労働の罰則付き上限規制などを設けた「働き方改革関連法」の施行から半年。Great Place to Work(R) Institute Japan(以下、GPTWジャパン)は、毎年実施している「働きがいのある会社」調査の分析レポートを発表した。それによると、労働時間の管理などが進んだことで働きやすさが改善した企業が増えた一方、仕事へのやりがいが低下する傾向が見られた。発表会には同社の代表取締役社長である岡元利奈子氏、シニアコンサルタントの今野敦子氏、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所所長の古野庸一氏が登壇し、その要因や対策について解説した。


「働きやすくなったが、やりがいは低下した」という現実

GPTWジャパンは、働きがいに関する調査・分析を行う米国Great Place to Work(R) Instituteの日本における運営機関。働きがいのある会社研究所が、米国GPTWからライセンスを受けて調査や研究にあたっている。

調査は世界約60カ国で実施され、各国共通のモデルを用いて評価が行われる。今回発表されたレポートでは、日本で2018年と19年の2年にわたりGPTW調査を行った199社を対象とし、各企業における変化を確認。ワークライフバランスや労働環境の整備、福利厚生に関する設問を「働きやすさ得点」、経営・管理者層への信頼や仕事への誇りや意味づけ、職場の連帯感に関しては「やりがい得点」と分類し、分析を行った。

GPTWジャパン シニアコンサルタントの今野敦子氏は、働きやすさ得点が改善した企業は52%の104社にのぼった一方で、やりがい得点が改善されたのは39%の78社にとどまったことを報告。働きやすさは改善したが、やりがいが低下した企業の割合が増えたと説明した。一見、比例しそうな「働きやすさ」と「やりがい」だが、なぜこのように差が開いてしまったのだろうか。

Great Place to Work(R) Institute Japan シニアコンサルタントの今野敦子氏

「ワークライフバランスの奨励や休暇の取得は進みましたが、管理者層への信用、会社や仕事への誇りについては低下傾向が見られます。仮説としては、労働時間削減に伴い、職場内でのコミュニケーションが減少していることが挙げられるのではないでしょうか」(今野氏)

相互に理解し合える機会や仕組みが必要

やりがいを低下させずに働きやすさを向上させた会社もある。このような会社には、2つのポイントがあるという。

「会社のビジョンやカルチャーを経営・管理者層が従業員に伝えること、もう一点は従業員同士が理解しあえる仕組みが整っていて連帯感を高めること。これらの仕組みをしっかり構築することが、今後の働き方改革を進める上でのポイントと言えるでしょう」(今野氏)

今野氏によると、GPTW調査により「働きがいのある会社(ベストカンパニー)」に認定された企業の中には、社長と社員、あるいは社員同士の交流の場を年間50回以上も設けているところもあるという。

「交流の場はオフィシャルな場とも限らず、インフォーマルな演出も有効です。縦、横、斜めの関係性が良好になると、個人の心理的安全性が確保され、イノベーションや創意工夫につながることが期待されます」(今野氏)

働きやすい環境が整えられても従業員のやりがいが低い状況では、個人の能力が十分発揮されるとはいえない。働き方改革の「長時間労働の是正」ばかりがクローズアップされてしまっては、仕事をする上で本来得られるはずだったモチベーションや生産性アップに陰りが見えてしまう。

今野氏は、「効率・時間短縮とは一見矛盾するような取り組みではあるものの、経営や管理職との密なコミュニケーションや仲間との絆をつくる時間を確保し、組織としてベクトル合わせをしていくことが大切です」と提言する。

働きがいを高めるために企業ができることは何か

これらの分析結果を受け、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所所長の古野庸一氏は、「働きがいを高めるために企業ができること」と題して講演。19年にベストカンパニーに選ばれた会社のうち、直近5年間の株価データがある13社について、14年3月に株式投資した場合の5年後時点のリターンと同時期のTOPIX、日経平均を比較した。分析の結果、リターンは128.3%(年率17.9%)と投資額は2.3倍に。同時期のTOPIXは32.3%、日経平均は43.0%であり、市場平均を大きく上回った。

リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所所長の古野庸一氏

「14年の厚労省の調査によると、働きがいを実感している人の会社では、本人の希望をできるだけ尊重して配置が行われたり、従業員の意見を経営企画に反映したりするなどの施策があることがわかります。それによりパフォーマンスに影響が出ているのでしょう」(古野氏)

古野氏は、モチベーションに着目した職務特性モデル(ハックマン&オルダム・モデル)に言及し、多くの技能を使い、かつ短調的ではない「技能多様性」、仕事の成果がわかる「フィードバッグ」、意味のある仕事として分業されている「仕事の完結性」、意義を感じる「仕事の有意義性」がやりがいにつながっていると分析する。

「われわれが19年に行った調査によると、5年前に比べて44.6%の人がコミュニケーションの希薄さを感じていることがわかりました。貢献感が低い人ほど援助要請ができない傾向にあります。このため、サポートできるマネジメントが大事になってくるでしょう」(古野氏)

また、集団の一員として動機づける凝集性が重要であることも指摘し、あるコールセンターで実施された、生産性を20%高め離職率を28ポイント低下させた事例を紹介。それまでは休憩を個人ごとにバラバラにとっていたが、チームで一斉に休憩することにしただけで、そのような結果になったという。

「互いに励まし合うことでストレスの軽減や孤独感の払拭につながります。また、『自分だけではない』と思えること、成功例と失敗例を交換することで知の共有も可能になります」と古野氏は指摘する。

令和時代における「働きがいのある会社」とは

総括として、GPTWジャパン 代表取締役社長の岡元利奈子氏は、人材マネジメントの力点が変化している現状について言及。これまでは、男性社員中心で、新卒から長い期間仲間と過ごすことを前提としてマネジメントが行われてきたが、時代の変化に伴い、競争環境の激化や非正規雇用など働き方の多様化を踏まえる必要があると指摘。これから先は、ゴールやルールの明確化が求められるようになってきたことを意識しなければならない。

Great Place to Work(R) Institute Japan 代表取締役社長の岡元利奈子氏

「GPTWの提唱する全員型の『働きがいのある会社』とは、マネジメントと従業員との間に信頼があり、すべての人の能力が最大限に生かされる会社であることです。このような会社は、すぐれた価値観やリーダーシップがあり、イノベーションを通じて財務的な成長を果たすことができるといえるでしょう」(岡元氏)

2020年4月には、中小企業にも残業時間の上限規制が義務化される。働き方改革の目的は、働く人が多様かつ柔軟な働き方を選択でき、より良い将来の展望を持つこと。法令の順守だけに捉われるのではなく、改革に伴うメリットや一人ひとりのやりがいにも目を向けた環境整備が必要だ。

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